ヨハネの福音書第1章1~5節

11月29日 待降節主日礼拝説教

「クリスマス―言・光の来臨―」

 只今、お聴きしたヨハネの福音書には、キリストの誕生を知らせる天使のことや、ヨセフやマリア、馬小屋の飼い葉桶にねせられていた幼子キリスト、そのキリストを殺そうと企んだヘロデ王のことなどは全く記されていません。そのようなクリスマスの出来事についての記述がヨハネの福音書には全くないのです。

しかし、この福音書の第1章の1節から18節にかけての「序文」あるいは「プロローグ」と呼ばれる箇所は、古くからキリストのご降誕を記念するクリスマスの礼拝の中で読み続けられてきました。それはなぜかといえば、マタイやルカの福音書が〈クリスマスの出来事〉そのものを伝えてくれているのに対して、ヨハネの福音書の序文は〈クリスマスの意味〉を伝えてくれている、そう理解されてきたからです。

この昔からヨハネの福音書の「序文」と呼ばれてきた箇所について、20世紀になってからの比較新しい聖書学は興味深い読み方を教えてくれています。それは第1章の1節から18節というのは、初代のキリスト教会で歌われていた讃美歌がもとになって書かれているということです。その讃美歌は4つの節をもっているというようなことまで言われています。

そのことにヒントを得ながら、今週から始まる4回の待降節の礼拝で――4回目はクリスマス礼拝として行いますが――この福音書の序文の言葉を4回に分けて聴きながら、クリスマスを迎えてまいりたいと思います。

 さて、この福音書の序文が初代教会でうたわれていた讃美歌がもとになっているということと併せて知っておきたいことがあります。それは、この讃美歌を生み出した当時の教会とクリスチャンとは、まことに厳しい迫害の中にあったということです。

ヨハネの福音書が書かれた時代、それは西暦90年代以降に書かれたというのが通説になっています。その頃というのは、ローマ帝国によるキリスト教会に対する迫害が最も激しい時代でありました。ローマ帝国による迫害は約300年間続き、それだけても大変なことですが、その300年続いた迫害の中でも特に厳しい苦しみを受けた時代に、このヨハネの福音書は書かれたのです。

その時代、クリスチャンとして生きるということは文字通り命がけでした。多くの信仰者がローマの官憲によって捕らえられ、殺されていきました。クリスチャンたちはローマ帝国に対して、反抗的な態度をとっていたとか、過激な政治活動をしていたというのではありません。ただクリスチャンであるという理由で捕らえられ、殺されていったのです。

そのような恐怖と不安のうずまく状況の中で、讃美歌が生み出され、クリスチャンたちはそれを歌うことで苦しみに耐えた。そのときの讃美歌が、今朝の聖書の言葉になっているのです。

平穏な生活を過ごしていた人たちがうたった歌ではないのです。早くこの苦しみが去ってほしい、終わってほしいと願いながらも、その願いに逆行するかのように、迫害の激しさが増してゆく、その苦しみの中で歌われた讃美歌が、今朝の聖書箇所の背景にある。そのことを先ず覚えておきたいと思います。そして、私たちもヨハネの福音書の序文となっている讃美歌を口ずさむことができたらと思います。

 「初めにことばがあった。ことばは神とともにあった。ことばは神であった。

             この方は、初めてに神とともにおられた……(以下省略)(1節~3節)

 1節から3節は、讃美歌の歌詞そのものといってもよいほどに、独特な言葉づかいとリズムをもっています。ここに歌われています「ことば」とは、これは何らかの人間の言葉のことではありません。私たちの生き方に大切なことを教えてくれる格言、金言といわれるような言葉のことではありません。政治家や芸能人などが不注意な発言をすると、すぐにマスコミでとりあげられ、インターネット上で膨大な批判の声があふれ炎上するというようなことが起こります。そういう様子から――言葉というのは慎重に使わなければ……と思わせられる。そういう言葉のことがここで歌われているのではないのです。

 

※ではここで歌われている「ことば」とは、何を示しているのか。それを知るために先ず、思い起こしたいことは、神が言葉によって天地と万物をお造りになられたことである。創世記には、神が「光あれ」と言葉を語られるとそのとおりに光が造られ、言葉によって天地を造られたことが記されている。そのことを3節では「すべてのものは、この方によって造られた」と歌っている。

①ここで改めて覚えたいことは、言葉とは、言葉だけで存在するものではなく、言葉を語られた方が存在するということ。「初めにことばがあった」→「初めに神がおられた」

②そして神によって語られた言葉は、語られたとおりに現実となるということ。

   ここに我々の言葉との大きな違いがある。我々の言葉は、語ったとおりになるかどうかはわからない。だから――あの人は言葉だけで、信用できない……というようなことにもなる。人間の言葉はその意味では頼りないものであるといわざるを得ない。それは、人間特有の弱さの現実ともいえる。それゆえに、言葉によって失望させられるということが至るところで起る。そのような人間の言葉に対して、神が語られた言葉は、語られたとおりに現実となるのである。そのことを踏まえるために日本語の聖書では、神の語られた言葉を指すときには、漢字で「言葉」と書かずに「言」と書くか、あるいはひらがなで「ことば」と標記する。そうして、語られたとおりにはならない人間の言葉とはっきり区別する。

 

「初めにことばがあった……」と歌いながら、当時のクリスチャンたちが思い起こしていたのは、神の語られたことばは空しくなることは決してないということでありました。そして民への憐れみを語る神のことばが、現実のものとなるためにイエス・キリストがこの世界に来てくださったことを想起しているのです。そのような意味で「初めにことばがあった」と歌うときの「ことば」とは、イエス・キリストを示しているともいえます。

 

※クリスマスを祝う理由……馬小屋の中で幼子キリストがお生まれ下さることで、神の現実が見える形でこの世に現れてくださったことを喜び祝う。

※1~3節についてはもう一つのことを心に留めておきたい。3節の「すべてのものは、この方によって造られた」と歌われているなかの「この方」とはキリストを指している。まさに神とキリストが、ここでは天地の造り主として一つとして歌われているのである。そのことをコロサイ人への手紙(1:16)は「万物は御子において造られた」と記し、またヘブル人の手紙は「御子は……万物をご自分の力ある言葉によって支えておられる」ということを記している

 

このようにキリストが造り主として万物をつくり、それを支えておられるという信仰は、私たちが世界をどのように見るかという見方を決定づけるものになります。つまり、――この世界は、なるほど確かにいろいろな問題をかかえ、悪に満ちているが、それでも神によって世界は否定されているわけではない。神はご自分が造られた世界を肯定されている! とそのように世界を見るのです。

そして、世界が神によって肯定されているのだから、人間ひとりひとりの存在を神が肯定しておられることを信じます。自分の存在を否定するような現実に取り囲まれようと、神は私を否定なさらない。そのような神の現実を、人間の現実とするためにキリストが来て下さったというクリスマスの意味が、ヨハネの讃美歌にはうたい込まれているのです。

 

「この方にはいのちがあった。このいのちは人の光であった……(以下省略)(4~5節)

「この方」すなわちキリストのうちにある命とは、どのようなものでしょうか? その「いのちが人の光であった」と歌いながら、当時のクリスチャンは、どんな慰めと励ましを受けとめていたのでしょうか。そのことを思い描く手がかりとなる一つのエピソードを紹介しましょう。

 

※時代は1905年。スイスのある村でのこと。

  その年、その村は新しい時代を迎えた。そのために決定的な役割を果たしたのは電気による光であった。その村に電灯がついたのである。

子どもたちは、学校で電灯の光を喜ぶ歌を歌った。

若人たちは、将来はスイッチ一つで、夜でも村全体が明るくなることを語り合った。

老人たちは言ったものであった。――死んだ父や母が、この喜びを味わうことができたらなあ……

そして、町の電灯を管理する技師は、村人から英雄のように歓迎された。

そんな村のある家で、突然一人の父親が死んだ。近所の人々がその家に集まってきて、声もなく途方に暮れていた。父親を失ったその家には、6人の子どもたちが残されていたからである。

その子どもたちの前では、村に新しい時代をもたらした電灯の光は、その輝きの力を発揮できなかった。

    夫を亡くした妻の心は、悲しみの闇に包まれていた。この未亡人と子どもたちとを覆っていた闇に対して、電灯の光は打ち勝つことができなかったのである。

そこに牧師がやってきた。そして聖書によってキリスト言葉が告げられた。

  「わたしは復活であり、命である。わたしを信じるものは、死んでも生きる」

そのキリストの「ことば」は、悲しみの闇に包まれていた家で光となった。

悲しみにくれた人々を照らす光となったのである。  

 

キリストのことばによって慰められるということは、丁度その場にピッタリと当てはまる。気のきいた言葉によって少しばかり気が楽になるというようなことではありません。

「光あれ」と語られた神のことばは、現実に光を生み出しました。それと同じようにして

「わたしは復活であり、命である。わたしを信じるものは、死んでも生きる」というキリストの言葉は、死の現実を突き抜ける復活の命を現実のものとするのです。

そのようなことばを語ることのできたキリストを、ヨハネの讃美歌は「ことばは神とともにあった。ことば神であった」とうたいながら、迫害のもたらすあらゆる苦しみ、悲惨のなかで、生き抜いていったのです。  

人間の作り出すことのできない「いのちの光」、私たちの命を照らすことのできる光として世に来てくださったキリストを喜ぶことは、闇の現実の中でもなお、希望をもって生きる力となるのです。

 

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